新着読書
公開日 2012/05/19
更新日 2012/05/19
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memo
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p.53.0
ベーコンら(Bacon et al., 1998)が得た自閉症児の社会的参照に関する知見は,さらに示唆に富むものといえる。彼らは,意味のあいまいな発声を聞かされた際に,知的水準の高低にかかわらず(高機能,低機能いずれにおいても)自閉症児が,健常児,精神遅滞児,言語発達障害児に比して,周囲にいる大人に対して社会的参照を行うことが圧倒的に少ないことを明らかにし,この社会的参照,すなわち他者からある対象に関する意味を引き出すことの困難さが,自閉症という障害の中核的特質のひとつとなっており,それが「心の理論」の特異性とも通底している可能性を論じている。かられによれば,自閉症児においては,他者との情動的な相互交流に欠かせない「情動調律(affect attunement)や情動知覚の問題がより本質的なリスク要因としてあり,それらが,社会的参照の少なさを招来し,そしてひいては「心の理論」の発達にも阻害的な影響をもたらすのだろうという。
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p.52.0
リーカムらは,自閉症児の本質的な問題はより原初的な注意の移動システムではなく,また,特異的に三項関係状況における注意共有のメカニズム以降の障害ということでもなく,むしろ,二項関係状況において,人の発する種々の社会的刺激が,彼らが本来有しているはずの反射的定位システムを作動させない(物理的刺激の現出には反応しても,人が発する社会的刺激や行為にはあまり反応しない)ということであり,そして,その二項関係にからむ問題が三項関係状況における共同注意を困難にしているのではないかと推察している。
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p.44.0
小沢・遠藤(2001) 子どもが新奇な対象に遭遇した際の様子および視線の解釈が,養育者によって大きく異なり,その差異がその後の社会的参照の成否に深く関与する可能性を論じている。 本書第5章 小沢 養育者の子どもの自律性を重んじる傾向(自律期待)を取り上げ,その傾向が高い養育者ほど,実験状況において子どもが養育者に向けた視線を「あれ,何?」などの情報探索の意味あいを有すると解釈しやすく,またそうした養育者の子どもにおいて,現に,養育者のネガティブな情動表出にさらされたときに自らの対象に対する反応をネガティブな方向に変化させやすい傾向がある(社会的参照が適切になされ養育者の情動に沿った行動調整が生じた)ことを明らかにしている。 ☆ミラーリングみたい。模倣と関連?
公開日 2012/05/18
更新日 2012/05/18
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memos
公開日 2012/05/17
更新日 2012/05/17
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p.368.0
たとえばヴェトナムで、テッド・ラヴェンダーは毎朝四種類か五種類のトランキライザーを飲むことを日課にしていた。それは彼なりのしのぎかただった。リアリティーとなんとか折り合いをつけていたのだ。クスリは昼間のあいだ彼をリラックスさせてくれた。 状況が苛酷なときでも、彼の顔にはソフトで夢見るような表情が浮かんでいた。 「今日の戦争の具合はどうだった?」と誰かが彼に訊く。そしてテッド・ラヴェンダーは空を見ながら微かに微笑みこう言う。「メロウだったねぇー気持ちのいいスムースな戦争だったよ、今日は」
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p.41.0
だいたい彼らが戦場に赴いたのもそれがそもそもの原因だった。とくに意気ごんでやってきたわけでもない。栄光や名誉を夢見ていたわけでもない。逃げるのがみっともないから仕方なくやってきたのだ。ただそれだけのことなのだ。
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p.40.0
彼らは面目の立たないのが嫌だというだけの理由で死んでいった。毎朝、一寸先は闇と知りつつ、彼らは最初の一歩を踏み出した。彼らはじっと耐えた。彼らは荷を背負いつづけた。
公開日 2012/05/15
更新日 2012/05/19
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p.9.0
つまらない仕事はない。 面白くする方法は、いくらでもある。
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p.194.0
働くということは、 何かを成し遂げる以上に、 人とのやりとりが大切。
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p.66.0
仕事は根回し
公開日 2012/05/08
更新日 2012/05/09
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p.26.0
さらに、書評で最も大切なのは、紹介文に目を通した人が「この本、面白そうだな.読んでみようかな」という気持ちになる――積極的な姿勢で言うなら、そういう気持ちにさせるように書くことです。(誰かに推薦する価値がない本は、初めから書評で取り上げる必要はない、と私は考えますので。) 新作の映画評・CD評も同じです。映画ならストーリー・役者の演技・監督の演出、CD評なら詞曲の特徴・声の表現力・演奏のアンサンブルについては外せません。
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p.27.0
さらには、表を点線の右と左で、大きく分けるとしたら、それぞれどんな特徴が見えてきますか? おそらく「“私”というものの、あり方の違い」ではないでしょうか。小説から書評まで並んだ最上段のジャンルは、ゼロ地点から右へ行けば行くほど、「私」という言葉を使わなくても書ける、書きやすい。反対に、左へ行くにしたがって「私」を使わなければ書きづらい、書けない。 もし(欠かせないもの)の下へ、さらにひとつ、丸カッコで新しい項目を加えるとしたら――それは(「私」の濃度)とでもなるはずです。
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p.24.0
いちばん初めに書いたように、パッションとは――「小説を書きたい。書くぞ!」という、アナタの心の中に渦巻いている、意志・情熱・やる気のことです。が、このパッションが大切なのは、何も小説だけに限りません。映画・音楽・アート・スポーツ・演劇その他、およそあらゆる表現活動の根幹(根っ子の真ん中)を成すのが、このパッションです。さらには、表現にとどまらず、情熱はあらゆる活動の――言葉を換えれば「生きる」ことの根幹を成すものでさえあります。
公開日 2012/05/08
更新日 2012/05/10
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公開日 2012/05/08
更新日 2012/05/08
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公開日 2012/05/08
更新日 2012/05/08
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p.238.0
何か新しいことを学ぶ時、それを完全に理解するためには失敗を冒す必要がある。自信がある人でなければそんなことはできない。
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p.226.0
それを避けている自分に気づいたときにはいつも、「それをしたらどんなプラスがあるだろうか?」と自問しよう。そして少し欲張りになることだ。それこそが怠け心につける最良の薬なのだから。
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p.35.0
金持ち父さんの六つの教え 第一の教え 金持ちはお金のためには働かない 第二の教え お金の流れの読み方を学ぶ 第三の教え 自分のビジネスを持つ 第四の教え 会社を作って節税する 第五の教え 金持ちはお金を作り出す 第六の教え お金のためではなく学ぶために働く
公開日 2012/05/06
更新日 2012/05/06
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